「適応障害になったSESエンジニアの休職日記」

「適応障害になったSESエンジニアの休職日記①」 休職

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私は今年1月、適応障害と診断された。
きっかけは、新しいプロジェクトに参画した際、チームの仕事の進め方についていけなくなったことだ。仕様の前提や進め方が十分に共有されないまま業務が進み、自分だけが置いていかれているような感覚が続いていた。

当時は、常に気を張った状態で働いていた。小さな違和感を無視し続けた結果、ある日突然「このままではまずい」「気持ちが張り裂けそうだ」と強く感じ、仕事中にも関わらず急遽メンタルクリニックへ電話をかけたことを今でも覚えている。

振り返ると、その頃は月に50時間ほどの残業をしていた。忙しさや責任感を理由に、自分の限界に気づかないふりをしていたのだと思う。

この休職日記では、適応障害と診断されるまでの経緯や、SESエンジニアとして客先常駐で働く中で感じた違和感、休職に至るまでの心境の変化を、できるだけ正直に書いていく。もし今、同じように苦しさを抱えながら働いている人がいれば、「一人ではない」と感じてもらえるきっかけになれば幸いだ。

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将来のために、常に学び続けていた日々

エンジニアとして、製造工程だけでなく設計工程へ進んでいきたいと考えていた。より市場価値の高いエンジニアになりたい、将来的にはもっとお金を稼げるようになりたいという思いが強かった。そのため、「今の自分は成長できているのか」を常に意識し、業務時間外でも学習を続けていた。

技術書を読み、記事を調べ、コードを書くことが日常になっていた。成長している感覚があるうちは前向きだったが、次第に休むことへの罪悪感が強くなっていった。気づかないうちに、力を抜くことができない状態になっていた。

体と心に現れた不調のサイン

不調は、少しずつ体に現れた。特に強く出たのが睡眠障害だった。夜にうまく眠れず、途中で目が覚めることも増え、睡眠薬の量を増やしてもらうことになった。

ストレスの影響で胃腸の調子も悪化し、腹痛に襲われるようになった。胃腸の薬を処方され、生活リズムは徐々に崩れていった。仕事以外の時間は何もする気が起きず、ただ時間が過ぎるのを待つような日が増えていった。体が先に限界を知らせていた状態だった。

頑張りすぎていた自分に、今だから言えること

理想の将来像に向かって、必死に頑張りすぎていた。前に進くことばかりを考え、自分が落ち着ける時間を作るという発想が抜け落ちていた。

本来は、頑張っている自分自身を認め、ほめるべきだった。8時間フルタイムで働き続けるだけでも十分にすごい。それに加えて成長や成果を求め続けていたのだから、心身が疲弊するのは当然だった。

この経験を通して、頑張ることと自分を守ることは両立させなければならないと感じた。これからは無理を重ねるのではなく、自分が落ち着けるペースを大切にして歩いていく。

読者の皆様へ伝えたいこと

頑張り続けていると、自分がどれだけ無理をしているのか分からなくなる。成長したい、市場価値を上げたい、もっと稼げるようになりたい。その気持ちはとても健全で、エンジニアとして前向きな思いだ。ただ、その思いが強すぎると、自分の心や体の声を置き去りにしてしまう。

不調は、ある日突然やってくるわけではない。睡眠の乱れや体調不良、やる気が出ないといった小さなサインとして、少しずつ現れる。それに気づかず走り続けてしまうと、止まらざるを得ないところまで追い込まれる。

だからこそ、立ち止まることは逃げではない。休むことは、負けでも甘えでもない。8時間働いているだけでも十分に頑張っている事実を、まずは自分自身が認める必要がある。

もし今、「しんどい」「限界かもしれない」と感じているなら、それは弱さではなく、心が出している正直なサインだ。無理を重ねる前に、誰かに頼り、環境を見直し、自分が安心できる時間を作ってほしい。

この文章が、同じように悩みながら働いている人にとって、「一人ではない」と感じるきっかけになればと思う。

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この記事を書いた人
たくたく

文系出身・3年目のWeb系エンジニアです。
C#とSQLを得意としています。
同棲生活は2年目に入り、日々仲良く楽しく暮らしています。
プライベートではバイクや車で旅行に行くことが趣味です。
サンリオ好きで、中でもシナモン推しです。
お酒好きとして毎週の晩酌をリラックスタイムにしています。

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